(40日目:ヨルダン4日目)

私の机の引出しの奥には、小さなうさぎの絵の描いてある黒いハートの缶がある。中身は小学生の時に集めていたビーズだ。昔、小瓶に入ったビーズを集めて、ブレスレットなんかを作っていた。小学生の時だから、もう十年以上もたつんだ…と書いていてびっくりした。「10年前」なんていう単語を自分が使う年になるとは思わなかった。ビーズ遊びをやらなくなった今も捨てられないその缶を、私は今でもたまに開けて眺めてみたりする。そういえば、母は私が小さい頃、赤い裁縫箱を持っていて、その中には母が学生時代から集めていたボタンがたくさん入っていた。「大人になったらこれ、全部春香ちゃんにあげるね」と言われていた気がする。あの裁縫箱はどこに行ったんだろう。あの後何回も引っ越したから、もうどこかにいっちゃって、無いのかなぁ。

お土産マーケットの、とある一角では床の木製の樽にいっぱいビーズやビー玉をためて売っていた。シルバーの細工が施してある高級なものや、透きとおった飴のようなもの、手作りっぽいもの、光にかざすと虹色に光るもの…それらを1つ1つ手に取って眺めながら、昔の思い出にふけった。母がボタンを集めていたことなんて、もうすっかり忘れていたのに、どこから思い出したんだろう。

可愛いなぁ、買おうかなぁ、でも使わないしなぁ…と樽に手をつっこんでビーズの感触を楽しみながら「いつか子どもが出来たら、あげようかな」という考えにふけった。女の子だったらあげられるけれど、男の子だったら無駄になってしまう。自分がまだまだ子どもなのに、もう子どもを育てることを考えているなんておかしいけれど。

昔はビー玉1個でも宝物箱に入れて大事にしていたのに。手に持った重みを楽しんだり、光にかざしたり、袋から出してみたりするだけで半日遊べた。今ではビー玉1つの価値は格段に下がってしまって、眺めてぼーっとする心の余裕さえなくて…。そう思ったら、「大人になってしまった」と寂しい気持ちが湧きあがってきた。大人に「なった」ではなく「なってしまった」。ビー玉で遊んでいた時代に想像していた22歳はずっと大人だったのに、あの頃思い描いていた22歳の精神年齢にさえ私は到達していない。帰国して1か月たったらもう23歳なのに、気持ちだけ追いつかない。そういうことを考え始めたらとまらなくなって、買い物の途中なのに、「私はこの先何をしよう?」と延々と考えるはめになってしまった。ビーズもビー玉も結局買わなかった。

お土産はその分たくさん買った。試食をすすめられてつい断りきれなかったターキッシュディライト、アラビアの婚約指輪のネックレス、痛んだ髪に効果てきめんというキャビアオイル、昨日使い切ってしまったトリートメントの新しいの…見るたびに欲しくなってしまうトルコの目玉のお守りとチェ・ゲバラグッズも「誰かにあげたらいいし」という言い訳のもとに買った。ミッションである「各国で1つキーホルダー」も「各国で1つコスメ」も「各国で1つアクセサリー」も「各国で1つお守り」も達成。

それから、ジュース屋さんで、かさかさの肌にビタミンCを補給するためにグレープフルーツとりんごとオレンジを混ぜた100%ジュースをつくってもらって、ホテルに戻ってお土産を整理した後に郵便局へ。南米から買いためたお土産を日本に送る予定だった。ところが郵便局に行ってみると、2時までに来ないと、海外への小包は受け付けられないと言われた。仕方なく、明日のイスラエル行きの時間をずらして、郵便局があく8時にもう1度くることにした。安くあがるバスで行くつもりだったけれどバスは8時20分に出てしまうから、きっと間に合わない。タクシーで国境まで行くしかない。不便な郵便局を恨んだ。

その後はやることもなくなってしまって、食糧を買って帰宅する。夕食には、ごまとオイルつきの平たいパンと、チーズつきのパンとバクロバを買った。バクロバは中近東のお菓子で、バターで揚げたナッツ入りのパイをシロップ漬けにしてある。ダイエッターが真っ青になるようなこのお菓子、こちらでは老若男女問わず人気がある。ステイしている宿のほんの2つ先の通りには、このお菓子で有名な店があっていつも大混雑をしていた。不思議なことに、列をなしているのは皆男性。男性が連れ立って、紙皿に入ったバクロバをつつく姿は可愛く感じられる。私もその中に混じって、バクロバの小サイズを食べた。店の前でお金を払って食券を買う。小は約60円。そこのバクロバは他の場所で食べたのと違って、チーズがまだ熱くて美味しかった。もちろん、ちょっと甘すぎるのは変わらなかったけれど、慣れたら癖になる味だとは思う。

夜は宿で旅人の話を聞いた。イタリア、ミラノ在住のクリスティアンは、3日後に28歳になるパーマネントトラベラーだ。一年のうちの半分を自分の国で働き、あとの半分は好きなところを旅しているらしい。そんな生活を20歳からずっと続けているという。彼の口からはとめどなく言葉が溢れる。イタリア語、スペイン語、英語を流暢に話す彼。もちろん、私たちに話すときは英語だ。

昔は女の子やギャンブルや遊びにはまったけれど、今はもっと何か深いものを探して歩いているんだ。今回は中近東を周っている。今までで一番良かったところの1つ?ネパールのエベレストのふもとの村は本当に良かった。自然が雄大で美しくて、眺めているだけで時間が過ぎてしまった。人も優しかったし、腕の入れ墨に興味があるの?背中にもあるし、こちらの腕にもあるよ。好きな言葉を彫りつけている。背中の絵は自分でデザインしたんだ。トーキョーはまだ言ったことがないなぁ。アジアは実はあんまり周っていない。旅で一番楽しいこと…難しい質問だけれど、その瞬間を楽しむことかな。ジャスト・リラックス。そしてそれを楽しむ。旅の目的とかはそこまで考えないけれど、本を出版したい。ずっと旅の記録をつけているんだよ。小さいノートに毎日3ページ。でも、still searching for the goal. このまま人生を楽しんで生きていくけどね。人生って、楽しむためのものだから。楽しくないなら、僕はまだ死を選ぶな。だって、そんな人生、死んでいるのと一緒でしょう。安宿で旅をしているけれど、節約が旅の目標ではないから、欲しいものはちゃんと買うよ。ネパールでは、アンティークの本を買ったけれど、300ユーロくらいはした。でもそれだけの価値はあるよ。1つ1つの文字が美しくて、アートなんだ…言葉を大事に選びながら話す彼は、見かけよりもとても慎重で好印象を持った。こぼれるように後から後から数珠のように出てくる彼の経験談は映画のようにリアリティをもって想像できた。h成すことがたくさんある人生って、豊かだと思う。

人生は楽しむためにある、楽しくないなら死んだほうがいい、かぁと頭の中で反芻してみる。彼なら、どこにいたって、どんな状況だって楽しむ方法を考えるんじゃないだろうか。

昼間浮かんだ「この先何をしよう」という疑問にクリスティアンは自分の生き方を示すことで、「何でも好きなことをしたらいいんじゃない?」という答えをくれた。でも、じゃあ好きなことってなんだろう?自分のことなのになんでこんなにわからないんだろう、と歯がゆくなる。自分の物差しをもって迷いなく生きるクリスティアンは格好よかった。こういう大人になりたい、と思った。22歳も、世間的にはもう大人なんだけれどね。