まあお決まりだけれども、
旅を終えてのまとめエントリってものを書いてみます。



表題は、ヨルダンのマンスールホテルで会った
イタリア1かっこいい男性クリスティアンが言っていた言葉です。

私たちの旅はこの言葉で集約できます。
頭でこうなるかなーああなるかなーっていろいろ思い描いていた
世界一周だけれど、私たちの想像を超えるような瞬間が何度もあって。
楽しいことも辛いことも含め、「生きていること」とか「人間くささ」を強烈に
感じた2ヶ月でした。

旅を終えて変わったことについてちょこっと書きます。


南米での私は、長距離バス移動中でもずっと本を読んだり音楽を聴いたりで
常に「何かをしている状態」だったと思います。
そうやっていなければ不安なような。
時間=生産的に使わなければという東京病が取れず。

ブログの存在もものすごく真面目に考えていたし、
それはそれは苦しかったです。

ところが、旅も終わりに近いカンボジアからベトナムへのバスでは
一睡も出来なかったにも関わらず、
ただ目を閉じて何も考えずぼーっとしていました。
たまに思考の断片みたいなのが頭からにょきにょきと出てきても、
あえて考えることをやめて、頭をからっぽにしていました。

ブログも、もちろん大事には考えていたけれど
もっと不真面目な部分があってもいいのかなぁと
柔軟に考えることが出来るようになってきました。

それまでは、ネットが使えなくても
「何がなんでも更新しなきゃ!」って思って必死にネット接続を捜し求めてたけれども
ネパールで具合も悪いし電気はないしの時に
こういうどうしようもない時は、
「仕方ない!」でいいんじゃないかしら…と思ったのを転機に、
自分がどうやったらブログをもっと楽しめるかを考えられるようになりました。
自分が楽しめば、それが読んでいる人にも伝わるはず。

それから、資本主義的価値観にがんじがらめの自分でも、
覚悟を決めればかなりシンプルに生きられることを知りました。
この実感は言葉に表すのが難しいです。

それまでは頭の中であると知りつつも
いまいち実感がなかった自分のサバイバル能力に、旅を通して触れたのです。

サバイバルというと大げさだけれど。
良い意味で人生はなんとかなるものだと思えたし、
なんとかならない時はもうどうしようもない。
諦めるべきである、と。

潔く生きてやろうって思いました。

逃げ場はあるんだという気楽さが出来た、といえるのかもしれません。
お金がないと生きていけないと思っていたけれど、
例えば100万円あったらタイやインドで充分楽しい暮らしが長期的に続けられるし、
100万円すらなくても、カンボジアで見た水上生活者のように
ボートを作ったりして魚を釣ったりして自足時給で生きられるでしょう。究極的には。



このことを頭にいれておけば、
社会人生活で挫折しそうになった時、
心のゆとりが生まれそうです。
少なくとも追い詰められることはない。

自分の中で勝手に持っていた
「ああしなきゃ」「こうしなきゃ」「こうならなきゃ」
を突き破った。

それが私の旅を通しての変化です。


ああ、ほーんと楽しかったな2ヶ月。